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米騒動(1) [卷之五靉靆]

 〈インフレ〉

 成金が湯水の如くに金を使う一方、庶民の生活は苦しくなっていった。物価の上昇に給与が追いつかなかったためだった。

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タグ:富国強兵

米騒動(2) [卷之五靉靆]

 〈天候不順〉1918.7.23

 米価が高騰した原因としては、都市人口がにわかに増えた結果であるとする説がある。農村部の働き手が都市に流出し、生産に従事する労働力が減少した。これに対し、消費する人口だけが増え、需給バランスが崩れた、という。

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米騒動(3) [卷之五靉靆]

 〈富山県水橋町〉1918.8.3

 それから6日後、東京の店頭で販売される米の値段がいちだんと吊り上がった。1円で2升4合というから、1合が42銭である。31日、ついに東京米穀市場は取り引きの立会いを停止するにいたった。

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米騒動(4) [卷之五靉靆]

 8月初旬にこの騒動は富山全県に広がり、収拾がつかないうち全国各地に飛び火した。

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米騒動(5) [卷之五靉靆]

 〈内閣弾劾〉

 もはや警察力では抑えきれないと判断した京都府は、知事の名で陸軍第十六師団に出動を要請した。伏見から歩兵200、騎兵63が出動した。

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大正デモクラシー(1) [卷之五靉靆]

 〈打ちこわし〉

 1918年7月23日に富山県魚津に端を発した米騒動は、8月12日、神戸市に飛び火した。三菱造船所の労働者8000人が蜂起し、鉄棒やレンガを使って工場の購買部倉庫を破り、機械装置などを破壊したのだ。夜になると市民3万人が加わり、いったん湊川公園に集まったあと、鈴木商店の打ちこわしに走った。

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大正デモクラシー(2) [卷之五靉靆]

〈抜剣差支えなし〉1918.8.13

 13日になって兵庫県知事は陸軍姫路師団に出動を要請、かつ警官に「抜剣差支えなし」の許可を出した。
 暴徒と化した民衆と警官・歩兵隊との衝突は14日になっても収まらず、県当局は遂に、市民に外出禁止令を出すとともに、軍隊の増派を要請した。警察、軍隊との衝突による死者は、確認されただけで4名を数えた。

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大正デモクラシー(3) [卷之五靉靆]

〈大正政変〉

 「大正」という年号は、明治天皇の代が長かったこともあって、わずか15年(正確には14年5か月)しかない。

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大正デモクラシー(4) [卷之五靉靆]

 〈西園寺公望〉

 一方の西園寺公望は嘉永二年(1849)、九清華家の一である徳大寺公純の次男に生まれ、西園寺家の養子となった。フランスのソルボンヌ大学に学び、維新政府では参与。1871年に再びフランスへ渡り、このとき中江兆民と親しく交わった。

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大正デモクラシー(5) [卷之五靉靆]

〈憲法擁護運動〉

そもそもの発端は陸軍が要求した師団増設問題であって、それに反対だったのは財界であった。特に三井財閥は交詢社を中核に桂内閣の打倒と元老の排除を決意し、新聞記者と政党政治家を動員して一大キャンペーンを展開した。

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タグ:未剖篇

大正デモクラシー(6) [卷之五靉靆]

 〈貧乏物語〉

 真っ先に反応したのは学生たちだった。東京帝国大学の進歩的学生が「新人会」を結成して社会改造運動をスタートさせたのをはじめ、早稲田大学で「民人同盟」「建設者同盟」が発足し、これがのちの学生運動につながったほか、第一次大戦をきっかけとする空前の好況に反して一向に改善されない就労環境への意識改革を促した。

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タグ:未剖篇

女性は太陽(1) [卷之五靉靆]

〈母娘相伝〉

 大正デモクラシーを彩取ったのは、女性の台頭だった。
 古来この国では、女性が活躍した時代は歴史が動いたときに限られる。

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タグ:未剖篇

女性は太陽(2) [卷之五靉靆]

 〈洋装率99%〉

 20世紀に入って女性の意識を変革した法制度は、おそらく普通選挙法であろう。

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女性は太陽(3) [卷之五靉靆]

〈女工哀史〉

 都市部では「呉服店」を名乗っていた三越や松屋などが「百貨店」に姿を変え、カフェーやバーが誕生し、レビューや少女歌劇が大流行した。「モダン」「ハイカラ」という言葉は、すなわち底辺で女性の解放と結びついていた。

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女性は太陽(4) [卷之五靉靆]

 〈青鞜〉

 もう一人、奥村明という女性がいた。 「明」は〔はる〕と訓むのが正しい。
 ただし「奥村」の姓は伴侶となった洋画家・奥村博に入籍した1941年からの名乗りで、生家の姓は「平塚」である。
 こんにち、「平塚らいてう」のペンネームで知られる。

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女性は太陽(5) [卷之五靉靆]

 〈あつき血汐に〉

 野上弥生子と入れ替わりに青鞜社に加わった奥むめおは、父親の教育姿勢を『野火あかあかと』に次のように書き残している。

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国勢調査(1) [卷之五靉靆]

 〈労働争議〉

 1918年(大正七)の米騒動は、抑制されていた給与の増額と就労環境の改善を望む労働運動を活性化し、また大地主のもとで労役に使用されていた小作農の蜂起を促した。

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国勢調査(2) [卷之五靉靆]

〈関東大震災〉1923.9.1

 1920年(大正九)の3月、株価が暴落した。第一次大戦後の経済恐慌が始まったのだ。八幡製鉄所は溶鉱炉の火を落とし、2万3000人の従業員がストを敢行した。

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国勢調査(3) [卷之五靉靆]

〈余震〉

 北区王子にあった印刷局のレンガ造りの建物は、跡形もなく崩れ落ちた。市ヶ谷の外濠通りには幅50センチ以上の地割れができ、市電の線路は飴のようにひん曲がった。九段坂上のお濠では、石垣が崩落した。

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国勢調査(4) [卷之五靉靆]

 〈高橋二郎〉

 ホレリス式会計統計機械装置を初めて日本に紹介した高橋二郎と国勢院の話に戻る。

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国勢調査(5) [卷之五靉靆]

〈世界人口センサス〉

 やや時間をさかのぼる。
 1895年(明治二十八)9月のこと、国際統計協会から、
 ――1900年に行われる世界人口センサスに日本も参加しないか。
 という働きかけがあった。

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計算機元年(5) [卷之五靉靆]

 〈関税撤廃〉

 こうした状況の中で、大本鉄工所のタイガー式計算器が認知されるときがやってきた。海軍の呉工廠が、最高モデル3台を発注したのである。これをきっかけに、同社の計算器はようやく「国産機」として広く認知されるようになった。

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計算機元年(4) [卷之五靉靆]

〈官庁能率増進訓諭〉

 1921年のこと、横浜にあった日本事務機製造という会社がコルマーの手廻式計算器を模倣した「IDEAL」計算器を製作した。これを丸善が販売した。大本寅次郎が「虎印」を「TIGER」に変えた所作に等しい。

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タグ:富国強兵

計算機元年(3) [卷之五靉靆]

 〈830万人〉

 このとき国勢院は国勢調査の集計作業にパンチカード・システム(PCS)を使う際の手順を次のように定めた。

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計算機元年(2) [卷之五靉靆]

 〈初輸入〉1923.8.21

 並行して国勢院(高橋二郎)は、アメリカのコンピューティング・タビュレーティング・レコーディング(CTR)社にホレリス式パンチカード統計会計機械装置ならびにパンチカード装置など一式を発注した。

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計算機元年(1) [卷之五靉靆]

 〈勅令第272号〉

 第一回国勢調査を前に、勅令が出た。
 大正10年勅令第272号「第一回国勢調査記念章制定ノ件」がそれである。

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世界へ(1) [卷之五靉靆]

日本生命

 最も早く海外――明治期にいう「外国」とは、まずヨーロッパを指していた――から計算器を輸入したのは、日本生命保険相互会社である。

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世界へ(2) [卷之五靉靆]

〈オフィスオートメーション〉

 プリンター、複写機、ファクシミリなどが一般家庭に普及している現在から見ると、いかにも不思議な話に聞こえるかもしれない。だが実際を言えば、1980年代においてさえ、そうした機器は「OA」(オフィスオートメーション)のファクターに数えられていた

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世界へ(3) [卷之五靉靆]

〈ポーハタン号〉

 咸臨丸の渡米には余談がある。

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世界へ(4) [卷之五靉靆]

 〈ジャポニズム〉

 森村市太郎は幕末維新の回天に際して、会津攻めに向かった土佐藩の物資の調達と運送を引き受けている。徳川一辺倒の江戸市中にあって官軍御用を承ったのは、ひとえに市太郎の先見性に拠っている。

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