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殖産興業(1) [巻之四曙光]

 明治政府の富国強兵策は、工部省と内務省がその中核を担っていた。工部省は工学校を設けて、西洋から工業技術を導入するのと並行して、鉄道や電信、鉱山、造船といった事業を官営で運営した。

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殖産興業(2) [巻之四曙光]

 幕府や諸藩の工場を引き継いだ明治政府は、官営工場の運営と華士族による起業に5000万円を超える助成金を用意して振興を図った。1885年までに投入された国家予算は、官営工場が6000万円以上、華士族による起業が5000万円以上、総額1億5000万円以上だったと推定されている。

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殖産興業(3) [巻之四曙光]

 まったく奇妙なのは、こうした外国人を「顧問」として招いた明治政府の要人たちが、つい数年前まで「攘夷」を唱えていたはずだったことである。

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タグ:富国強兵

殖産興業(4) [巻之四曙光]

 外国人技師たちは短期間だったが、熱心に日本人の教育に当った。その理由として、日本への往復旅費を日本政府が負担したばかりか、住宅を与え、高額の報酬で遇したことなどがあげられているが、アジア人を蔑視する傾向が強かったヨーロッパ人にあって、いかにも不思議なことといえる。

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タグ:富国強兵

殖産興業(5) [巻之四曙光]

 1880年(明治十三年)から官営事業の払い下げが実施された。具体的に言えば、富岡製糸所が三井に、深川洪作分局が浅野総一郎(1848~1930、浅野財閥)に、長崎造船所が岩崎弥太郎(1834~1885、三菱財閥)に、兵庫造船所が川崎正蔵(1832~1903、川崎財閥)に、佐渡金山と生野銀山が三菱に、足尾銅山が古河市兵衛(1831~1903、古河財閥)に、三池炭鉱が三井に、という具合に、次々に払い下げが実施された。

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殖産興業(6) [巻之四曙光]

 輸送では、鉄道の整備が急ピッチで進められた。

 ●1889年(明治二十二)7月、東海道本線。
 ●1891年(明治二十四)9月、東北本線

 列島を南北に貫く鉄道の背骨が完成した。

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タグ:富国強兵

発明家たち(1) [巻之四曙光]

 岩倉具視を筆頭に、維新政府の首脳約100人が、2年にわたって”西洋”を学んだ。蒸気で動く巨大な鉄の軍艦を見、汽車や汽船に乗り、電気の下で新聞を読んだ。そのことによって、彼らは変節した。

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タグ:富国強兵

発明家たち(2) [巻之四曙光]

 計算機はヨーロッパやアメリカが生み出した機械装置には違いないが、蒸気機関や反射炉、自動織機といった近代産業の機器・装置を自力で作り出そうという努力は、江戸幕藩体制の中でもさまざまなかたちで行われていた。

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発明家たち(3) [巻之四曙光]

 矢頭亮一は1878年(明治十一)、現在の大分県豊前市岩屋に生まれた。父親は岩屋村の村長だった。
 その家系をさかのぼると、
 ――赤穂四十七士の一人である矢頭右衛門七(教兼)にたどりつく。
 という。

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発明家たち(4) [巻之四曙光]

 この時点までに、産業界では西洋の計算機が脚光を浴びていた。その8年前に高橋二郎が論文「人口調査電気機械の発明」を発表したのに続いて、1887年(明治二十)には日本生命イギリスから「テートス計算機」を輸入して保険数理の解明や計算実務に実用化していた。井上馨や渋澤栄一は、計算機の国産化に着目した。森林太郎の説得が効を奏したことは言うを待たない。

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国産計算機(1) [巻之四曙光]

 逸見治郎が東京の猿楽町で計算尺の複製に苦心し、矢頭亮一が東京・雑司ヶ谷の工場で独自の計算機の開発に取り組んでいた1902年(明治三十五)の12月、「国勢調査法」が成立した。
 国勢院の審議官・高橋二郎はそれ以前から、逓信省に対して調査に使う計算機を開発するよう働きかけていた。現役を引退したとはいえ、学術界と政府内に隠然たる力を持っていた杉亨二が後押ししたことは、すでに書いた。

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国産計算機(2) [巻之四曙光]

 彼は持ち前の器用さを生かし、1904年(明治三十七)、試作機を完成した。外観は「アリスモメートル」に類し、前面に複数の回転式集計器が備えられた。パンチカードを読み取り、それで桁上がりを算出するのである。

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国産計算機(3) [巻之四曙光]

 第二次大戦前の国産計算機として最も成功したのは「タイガー計算器」である。初期のモデルは手廻しの機械式だったが、のち電動式となり、国内ばかりでなくアメリカ、ヨーロッパにも輸出された。戦後にいたってもなお、最もポピュラーな計算機として販売され、戦前からの累計出荷台数は50万台を超えている。
 発明したのは大本寅治郎といった。

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国産計算機(4) [巻之四曙光]

 1923年(大正十二)、4年5か月の歳月と多額の資金を投入して一号機が完成した。オドナーの手廻し式計算機を模倣したものだったが、10進法を採用し、計算する数字をカウンターに表示するなど、随所に使いやすさの工夫を凝らしていた。

タイガー計算器1号機.jpg

タイガー計算器の1号機

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和洋折衷(1) [巻之四曙光]

 文化が伝播するということは、そうそう生易しいことではない。モノが存在するということと、人がそのモノの意味を理解し、再生産するということは違う次元の話である。

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タグ:富国強兵

和洋折衷(2) [巻之四曙光]

 このようにいうと、読者の中には
 「教科書で習った日本史では、水稲耕作をもって弥生の始まりとしているではないか」
 と反論する向きもあるに違いない。

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タグ:稲作

和洋折衷(3) [巻之四曙光]

 先進の文物が請来されたとき、必ず旧の文化との間で摩擦が生じ、戦闘が起こる。仏教が伝わってこの列島に宗教改革が起こったとき、旧勢力を代表していた葛木、巨勢、物部といった氏族が滅び、蘇我、中臣、大伴といった士族が興隆した。

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タグ:富国強兵

和洋折衷(4) [巻之四曙光]

 NHKが1966年4月から1年間、朝のテレビ小説と銘打って土曜と日曜を除く毎朝15分間放送した『おはなはん』は、そういう時代を生き抜いた女性の半生記を描いている。樫山文枝演ずるところの”おはなはん”は、矢絣の和服に袴の姿で自転車に乗る、ちょっとはねっ返りなハイカラさんでもあった。

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タグ:富国強兵

興廃在此一戦(1) [巻之四曙光]

和洋混淆――幕末以来の景色や文物に「西洋」の文物が混在する状況――から和洋折衷への動きが加速された事情を考えると、やはり日清、日露の二つの戦争を無視するわけにはいかない。例えばそれは、大宅壮一がのちに満州事変を野球に仮託して評論したことに準じれば、たぶんこういうことである。

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興廃在此一戦(2) [巻之四曙光]

 西欧列強の圧力が強まるにつれて、朝鮮半島でも日本の幕末と同じように攘夷論が沸き起こった。当面の攻撃が開港協定と不平等条約を締結した李王朝に向けられたのも、攘夷論が倒幕論と結びついた日本における経過と等しい。ただ日本では幕府対朝廷の構図があって、天皇という超法規的存在がある意味で緩衝役を果たした。李王朝にはそれがなかった。

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興廃在此一戦(3) [巻之四曙光]

〈バルチック艦隊〉

 日露戦争(1904年)もまた、海戦が勝敗を決めた。
 開戦の前から、こればかりは誰が見ても日本の負けだった。何せ相手は実業団のチームだから、遠征で疲労が癒えていないとはいえ、子どもの草野球では敵うはずがなかった。双方の海戦兵力を見ると、そのことがよく分かる。

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興廃在此一戦(4) [巻之四曙光]

〈Z旗〉

 バルチック艦隊にとって、旅順艦隊の全滅や遼東半島におけるクロポトキン軍の敗退は、なるほど暗雲に違いなかった。しかし艦隊を率いる中将・ロジェストヴェンスキーは
 ――艦隊決戦では、勝つ。
 と信じて疑わなかった。

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大日本帝国(1) [巻之四曙光]

 ここまでのおさらい。
 “西洋”とのかかわりを軸に「明治」という時代を区切ると、次のようになる。
  ●半舷上陸(1872年)から鹿鳴館開館(1883年)まで=学習
  ●鹿鳴館時代(1883~1893年)=模倣期
  ●日清・日露戦争(1894~1904年)=和洋折衷期

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タグ:考証

大日本帝国(2) [巻之四曙光]

 〈大韓帝国〉

 日露戦争が勃発した1904年の8月22日こそ、大日本帝国が擬似的西洋に転換したときだった。ロシア軍が要塞を築いていた旅順をめぐる攻防に際して、大日本帝国政府(桂太郎内閣)は大韓帝国政府の局外中立声明を無視して朝鮮半島内に軍を進めた。

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大日本帝国(3) [巻之四曙光]

 〈鉄道王ハリマン〉

 この暴動には明確な指導者がいなかった。
 政府は戦争の詳細な実情を秘匿し、勝利の部分だけを強調する報道しかさせなかった。民衆が「勝った、勝った」と浮かれ騒ぎ、提灯をかざして祝勝会を開いていたとき、実は旅順要塞に取り付いた乃木希典は死屍累々の苦戦を強いられていたのである。

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タグ:富国強兵

大日本帝国(4) [巻之四曙光]

 〈国際ルール〉

 このように書くと、大日本帝国は国際ルールを無視した非道外交をやってのけたかに見える。だが実際はそうではなく、大日本帝国政府は国際ルールに則って大韓帝国を支配下に置いたのである。

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火事場泥棒(1) [巻之四曙光]

 〈サラエボ事件〉

 前節を書いていて筆者は、日中戦争が始まる前の時代を描いているような錯覚にとらわれた。朝鮮、満州、満鉄、フィリピン、ハワイ、仮想敵といった言葉が続くためであろうけれど、だが間違いなく時代は明治なのである。

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火事場泥棒(2) [巻之四曙光]

 〈袁世凱〉

 1914年の8月4日、ドイツ帝国に宣戦を布告したイギリス政府に対して、加藤は駐英日本大使館を通じて、「同盟国として対独宣戦を布告すべきか」と質問した。

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火事場泥棒(3) [巻之四曙光]

 〈対華21か条要求〉

 そもそも第一次大戦に参戦する正当な理由を日本は持っていなかったし、仮に日英同盟を根拠とする出兵であったにせよ、山東半島からドイツ帝国の勢力を一掃するに当っては、日英中の三国間で
 「中国政府に還付する目的で」
 という条件が合意されていたのである。

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火事場泥棒(4) [巻之四曙光]

〈大戦景気〉

 産業界はこの戦争をどうとらえたか。
 ヨーロッパ全土に戦火が広がったというニュースが流れたとき、まず株価が暴落した。次いで紡績業界に不況風が起こった。

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