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2対1(4) [卷之六游魚]

 『日本アイ・ビー・エム50年史』がこのあたりの事情をどのように表現しているか。それを見ると、非常に面白い。そこには次のようにある。

 初期において容易にカストマーが得られなかった理由は、のちの歴史が証明するところであるが、要するに大正末年の日本の企業にとって、タビュレーティング・マシンを中核としたIBMの高度なメカニズムは、あまりに進みすぎていたといってよく……。
 〔のちの歴史が証明するところ〕
 というのは、おそらく1960年代以後、特に「IBM1401」、「IBMシステム/360」に始まる”快進撃”を指しているのであろう。だが、これは結果から見た時代分析であって、歴史的考察の方法論から外れている。日本が太平洋戦争に敗北した事実をもって、江戸幕府の成立が間違っていた、と論じるのに近い。
 同書に示されている認識では、
 ――当時の日本の企業は計算機について充分な知識がなく、統計機械による機械化の役割にも理解がなかった。だから当社のPCSは採用されなかった。
 というのである。
 逆にいえば、十分な知識と認識があれば、IBM社のPCSを採用したはずである、ということになるのだが、さて、これはいかがなものだろう。というのは、パワーズ式統計会計機械装置は、アメリカ合衆国においてもホレリス式の2倍に近いユーザーを獲得していたからである。それはいったい何故であったろうか。
 また国内におけるホレリス式のユーザーのうち、三菱造船に関して、『50年史』は

 賃金および間接費、そして自家製の材料部品などの工場製品の計算事務の機械化から使用を始めた。そしてこれらに習熟したのち、昭和四年五月から原価のすべてをコード化して原価計算事務全般の機械化をはかり、実用化の目標をいちおう達成した。  昭和初年における三菱造船のIBM機械による原価管理の実施は、日本における事務管理ないし経営管理の近代化、機械化の歴史のなかで先駆的、かつ画期的な事例をなすものであった。

 と評している。
 レミントンランド社のユーザーが倍近くいたということは、アメリカ合衆国においてさえ、IBM社のメカニズムは”あまりに進みすぎていた”ということになるであろう。そしてそれを使いこなすことができないほどに利用技術が未熟だった日本国内において、ホレリス式統計会計機械装置を”先駆的、かつ画期的”に活用した企業が存在した。
 このことは、どのように理解すればいいだろうか。
 三菱造船がアメリカの企業以上に先駆的であったことを意味するものではない。利用技術の優劣ではなく、産業界における情報処理要求のレベルがIBM社の機械装置とマッチしていなかった。だけでなく、多くの企業がワイヤリング技術者を確保できなかった。
 さらにいえばIBM社の機械装置は使いにくかったのだ。現在でこそIBM社は世界で最もマーケティングに優れた企業の一つだが、1920年代から30年代にかけて、同社はその点でレミントンランド社の後塵を拝していた。IBM社の統計会計機械装置がパワーズ式をキャッチアップするのは、ワトソンが見出した2人の技術者が電動パンチカード装置を開発し、パンチカードを改良して以後のことなのである。

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