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代理店契約(5) [卷之六游魚]

〈タイプライター〉

 タイプライターには余談がある。
 東京帝大の田中館愛橘のことである。 田中館愛橘は安政三年(1856)、岩手県の二戸に生まれた。東京帝国大学アメリカ講師メンデンホールに師事して理学を学んだ。1891年に起こった濃尾大地震をきっかけに設けられた震災予防調査会で中心的に活動し、日本全国の地磁気を測定した。
 純粋物理学のほか、重力・地磁気・地震・度量衡などにも多くの業績を残し、「日本の地球物理学の育ての親」と称される。学士院会員・貴族院議員として科学振興に務め、国際連盟の知的協力委員としても活躍した。1944年(昭和十九)第1回の文化勲章を受章し、戦後に入って随筆『葛の根』などを著した。1952年没、享年96。故郷二戸市に記念館がある。

 この人物は一方で「ローマ字博士」の異名を取っている。
 黒澤貞次郎が
 ――かなもじを採用したらば如何。
 と、国字改良論を唱えていた前島密に提言したのと同じころ、田中館は
 ――ローマ字を普及させるべきである。
 という考えを持っていた。
 黒澤、田中館の二人に共通しているのは、国語の平易化と文書作成の高能率化が、政治の民主化や経済の発展に役立つと信じていたことだった。このため田中館は1885年(明治十八)に「羅馬字会」(日本ローマ字会の前身)を発足させ、黒澤商店や三井物産からアメリカ製タイプライターを何台も購入して、ローマ字に適したキー配列を考案したりしている。
 田中館が万国測地学会議に出席した折、それまで手書きの複写で時間がかかっていた会議録を、自ら考案したタイプライターで速打した。これが速記録の源流となった。同博士のキー配列が採用されていれば、こんにちのパソコン用キーボードは違ったものになっていたかもしれない。
 キーボードの話が出たので、ついでにそのことにも触れておきたい。
 現在、主流になっているキー配列は「QWERTY(クワーティ)」方式と呼ばれる。アルファベットが、いちばん左上から右に「Q」「W」「E」……の順で並んでいる。この文字配列を最初に採用したのはレミントン・スタンダード・タイプライター社――いずれこの会社がパワーズ・カウンティング社を買収することになる――だった。アメリカの政府機関と軍が同社のタイプライターを制式採用したために、一挙にデファクト・スタンダードとなった。
 ――タイプライターの販売員がデモをするとき、〔TYPEWRITER〕という文字を上段1列で打てるようにした。
 という説もあるが、それだけでない別の理由があった。
 ――アルファベットの頻度の高い文字を中央に配置し、かつ統計をもとに、左右の指が効率的に働くよう、合理的に組み合わせた。つまり欧文を打ちやすくした、というのだが、これはどうやら間違いであるらしい。
 タイプライターは活字にアームが付いていて、キーを押すとアームが起動して用紙の面を打刻する。慣れてくるとキーを打つ速度が著しく速くなって、複数のアームが宙を舞い、ときとしてぶつかり、絡み合い、遂にはお互いを破壊し合う。それはまずかろう、というので、反対に打ちにくくした。
 のちにコンピューターでも同じことが起こった。打ちやすくすると、コンピューターが処理しきれないことがあった。演算装置の速度が、キー・インについていけなかった、ということは、現在ではとうてい信じられないが、キーボード入力に対応した初期の計算機にはしばしばそういうことが起こった。操作をしにくくするというのも、人間の知恵なのである。

【補注】


メンデンホール T.C.Mendenhall/1841~1924。東京帝国大学講師として赴任した直後の1880年(明治十三)2月22日、関東地方にかなり強い地震が発生した。同じく東京帝大で地質学を教えていたイギリス人のミルン(John Milne/1850~1913)が地震研究の必要性を訴えたのに賛同し、世界初の地震専門の学会「日本地震学会」を創設した。
 1898年にアラスカの上空をプロペラ機で飛び、初めて氷河の写真撮影に成功した。彼が発見した氷河は「メンデンホール氷河」と名づけられ、氷河観測の指標となっている。
濃尾大地震 被害は建物全壊14万2177戸、半壊1万8184戸、死者7173人に達した。被害の地域は、岐阜、愛知、福井、石川、滋賀、三重の6県に及んだ。この地震を契機に、わが国の地震学の研究が始まった。

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