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マネーサプライ(2) [卷之三薄靡]

 古来、黄金に異様な関心を示したのは、狩猟系民族である。日本では平安時代の末、奥州に大量の黄金が産出したが、藤原三代の栄華を残した以外、人口の移動は起こらなかった。これに対して中国をしばしば脅かした北方騎馬民族は、黄金の冠、黄金の剣、黄金の馬具をこよなく愛し、この特殊な金属を手に入れるために侵略を繰り返した。 農耕を経済の基本とする民族は、黄金より実理性の高い銅や鉄を求め、身を飾り立てるには絹を用いる。かつて中国大陸には、黄金の装飾品を身に付けた皇帝は登場しなかった。なるほど黄金は希少であるという認識はあったが、それよりも彼らは玉石を好んだ。
 16世紀まで、狩猟系民族においても、農耕系民族においても、黄金は権威を示す施設や儀式を演出する道具立てとして価値があった。ところが産業革命が起こって資本主義が発生したとき、黄金は経済を裏づけする「金」という存在に変わった。その保有量が国の経済力を保証し、マネーサプライを調節することが重要な経済政策になった。
 黄金が「金」という別の経済価値を持ち始めた16世紀ヨーロッパでは、イスパニアがインカから奪った大量の黄金が市場に出回った。ためにイスパニアは世界一の金保有国として君臨することを得たが、マネーサプライが過剰になり経済が混乱した。
 17世紀後半、金保有一等国の座にはイギリスが座った。貿易の決済を金本位で行ったのに加え、銀の大鉱脈が相次いで発見され、さらに新しい精錬技術が開発されて銀の価値が相対的に下落したためだった。

 アメリカ連邦の発展を決定づけたのは、1848年にメキシコから獲得したカリフォルニア州である。その年の1月、同地で金鉱脈が発見されていたのだが、アメリカ政府もメキシコ政府もそのことをまったく知らなかった。
 その金鉱脈のことである。
 1845年のイギリスは、ことのほか雨が多かった。このために主食である小麦が凶作となり、ジャガイモが壊滅した。翌年、今度はフランスで小麦が凶作となり、ヨーロッパは穀物恐慌に陥った。アメリカから輸入された穀物が高騰して市民の生活を圧迫した。ばかりでなく、多くの人々がアメリカに移住していった。
 穀物が不足したために諸物価が上昇し、消費が減少した。消費の減少によっておのずから物価が下落したが、消費人口が減少したために需要が回復しなかった。つまり供給過剰による経済の低迷――デフレーション――が発生した。
 近代経済学の原理に従えば、イギリスの中央銀行は流通貨幣量を減らすべきだった。ところがマネーサプライの発想がなかったために、彼らは、通貨の価値を維持するには金の保有を増やさなければならないと考えた。
 この動きはヨーロッパ大陸の諸国に波及した。相互の貨幣価値――今でいえば為替レート――を安定させるために、各国が大量のマネーサプライの需要を抱え込むことになった。アメリカで起こったゴールドラッシュが近代経済史に名を残すのは、まさにこのためである。

【補注】


イギリスによる金本位制の確立 それまでの貿易決済はイスパニアが定めたメキシコ銀貨を基準に行われたが、イギリスは1774年に銀貨制限法貨法を制定して銀本位制からの離脱を宣言し、1816年に金本位条例を制定して金本位制に移行した。
銀の価値の下落 ヨーロッパにおける金と銀の交換比率は、1700年に1対15だったが、1880年には1対18、1910年には1対38だった。この交換比率は現在もほとんど変わっていない。

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yutakami

はじめまして。
読みごたえのあるBlogに出会えました。
門外漢ながら1948年は、アダムスミスは没後ながら、マーシャルはまだ6歳。このあたりの時代の「近代経済学」とは何なのか、一筋縄では届かないなぁ、というのが私の愚考でした。
妄言多謝。
by yutakami (2009-10-31 12:17) 

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